まだ2度行われただけの世界大会でしたが すでに世界の音楽業界には知れ渡り エントリー希望が世界各国よりかなり早くから寄せられていたようでした
特別審査員として いよいよあのフランク・シナトラが日本のステージに上がることになり 特別ゲストもシャーリー・バッシィーと豪華版です
前年の通り東京プリンスホテルでの面接も順調に進みました 来日のアーチィスト達は 日本の私達の話を仕入れて来て居るようで 気持よく話が前に進みます これは有難い事でした
音合わせはTBSのGスタジオで行われ これも順調でした ひとつ印象的な想い出が有ります
この回金賞受賞のスリー・ディグリィーズですが 当時まだ新人で大きなステージは初めてらしく スタジオの端に三人でつつましく ひっそりと佇んで居たのは初々しく 今にして思えば貴重な光景でした どこの国の新人さんも場慣れしていないのが良く分かります 後にこの三人は日本での大ヒットがアッと言う間に世界に広がり 大スターへと昇りつめたのです
さて当日TBSの決まりのカメリハにも歌手の皆さんは従順で 流れる様に進行したのは見事でした あの第1回の痛い思いは何だろうと思うとともに あれが有ったからこそ この順調さを得られているのだ の思いでした(エッセイ「 第1回世界大会」ご参照ください)
まず大賞はルネ・シマール(カナダ) 「みどり色の屋根 」で 特別審査員フランクシナトラ賞と2つの賞を得ました この12歳の少年の広がりの有る歌唱には誰もが讃美の言葉のみで 同じステージで指揮をしていた私も演奏しながらその歌唱力に感動し その広がりに酔ったものです
シナトラ賞でルネ・シマールの肩を抱いたシナトラ氏は「このまま成長するなよナ」と
ウインクをしたとステージ間近の前席の人達の話です それほど本当に生き生きとした広がりの有る歌唱力でした
金賞は スリー・ディグリーズの「天使のささやき」 これは日本から火がつき世界に大ヒットした初めてのケースで 東京音楽祭の名を早くも世界的なものにしました 新人さんでしたが 良くハーモニックスした軽快さを前面に出して居たのが 世界を制覇する結果を生んだものと言えましょう
銀賞は布施 明さんと ザ・ピーナッツさん 銅賞は五木 ひろしさんと健闘しました
布施 明さんは3回通しての出演で 今回は「積木の部屋」での受賞でした 氏の熱唱は会場の人々 テレビを見ている方々の記憶に大きく残ったことと思います
ゲストのシャーリー・バッシーの熱演は素晴らしく 「これぞ歌い手」 と 聞く人々を
納得させる 説得力あるパワー一杯の熱演で 拍手鳴り止まず でした
余談ですが来日中に一度だけシャリー・バッシーのディナー・ショーがあり 招待を受け聴きに行きましたが これも実に素晴らしいの一語に尽きるものでした アメリカの名歌手揃いの中で生きて行くのは大変な事です 一回一回を完全燃焼して自己を表現をするシャーリー・バッシーに私は大拍手を贈ったものです
この第3回は ルネ・シマールのすがすがしい歌声 スリー・ディグリーズの艶やかさ 渋い味と貫禄のフランク・シナトラの登場 ゲスト シャーリー・バッシーの熱唱と かなりステージが盛り上がり 満席の観客も堪能した様子のフェスティバルでした
この回頃だと思うのですが ソビエトロシアから初参加していたのですが 記録から
全く外れて居ますので 触れて置きましょう
歌手は バリトン 実によく響く声クラシック・ベルカントの発声です 40歳ぐらいだったでしょうか 一緒に彼のアレンジをしたのでしょう 60才ぐらいの学者タイプの同行者が居ます 彼が指揮をしたいと言っているが良いかとの事でしたので 私はこの世界大会は希望する人には喜んで指揮台に立ってもらって居ると答えました
二人の音合わせが始まりました まだ歌詞で二番に入る前なのに 突然二人が怒鳴り始めました 時間と共に二人は熱くなり顔と顔を擦り付ける様にして怒鳴り合いが続いています 通訳を通してなんとかその場を収めたましたが ロシアは未だ思想的国際的に冷戦状態最中での音楽祭への出演です 当時の認識では ロシアと言う国は国家にマイナスな事が有る人間はシベリアという極寒地に送られる と言う話が常識で これは何とかしないとまずいと 二人をなだめる様に怒りを抑えさせました
音楽的に どこが二人の問題点かもはっきりせず ただただ なだめるのみでしたが
それこそ国に帰って「シベリア送り」になったら気の毒と 皆でなんとかその場を収めようとしたのです 長時間説得の結果 日・ソ間の国際問題にも成りかねないと TBS預かりとなりました
音楽祭での現場としても始めての体験でした この第3回か次の第4回だった事は間違い有りませんが 残念なのは本番での記憶が私には無く 或いは出場しなかったのかも知れません (次回までに 各方面に問い合わせをしてみます)
第3回東京音楽祭世界大会は 立派な音楽祭に成長しました 日本国内だけでなく世界にその名を広げ前半での一つの大きな 頂点を就けたと言えるでしょう
各セクションの完璧さは TBSの実力を物語るものとして 各方面から讃美の声が多く聞かれました
勿論 我がオケ軍団は歌手を裏から支え 歌い 舞うように歌を盛り立てました 私はオケの皆さんの 限界までの演奏を 心から感謝して居たものです
何よりなのは来日諸氏から我が軍団私へのクレームが全く無い事です やはり徹底したプロ意識の 心からの音楽は 世界共通心に響いてくれたのでしょう
この第3回から司会は 土井 まさるさんに決まりました 出待ちの控え室で二人
の御付き合いが これから10年近く続くわけです
この回からシルバーカナりー賞(新人賞)が制定され新人にも 世界大会への門が開かれました この回は麻生よう子さん そして日本代表(国内大会でのグランプリ)のゴールデンカナリー賞は布施 明さんでした 年々狭き門になりましたが 歌手の世界大会への希望は多く 書類テープ審査 予選審査 本選国内大会を目指して激戦がくり広げられ そして 世界大会への出場権を手に入れるのですから歌手の皆さんが大いに競い会ったのは 立派な 立派な姿だと高く評価されたものす
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