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| 世田谷聖母コーラス |
日本には数々の宗教が混在しており、今時分はキリスト教徒のようになり、また正月元旦には神道での初詣と忙しい民族です。
私はあの多忙、超多忙の昭和40〜50年代にカソリック教会のミサの為の聖歌隊世田谷聖母コーラスを創設し指導をしていました。年末といえばテレビ業界では忙しさの頂点となる時期です。しかし不思議なことに、その過密スケジュール真っ只中の24日だと言うのに、仕事の合間に計ったように2時間ほどのスキマが出来るのです。ある年は5〜7時、またある年は6〜8時、10〜11時30分、という様にです。TBSがある赤坂界隈から車を30分とばして世田谷深沢に行き、ミサの儀式を40分、そしてまた赤坂へとんぼ返り、これが私が世田谷聖母コーラスを離れるまでの11年間続きました。
イタリア人の神父さんも我慢強く待ってくれました。そんな私に合わせてミサの時間を調整してくれた教会に、感謝したものです。
ミサの聖歌というのは300年前のラテン語で歌われるものですが、24日のたった1日だけの為に1年間稽古をするのです。 当日、カソリックの厳粛な儀式に添って演奏する聖歌は、敬謙な身の引き締まる思いでした。
多忙で合唱指導を辞した年からは24日の仕事の間に2時間のスキマが出来る、ということは無くなり ぎっしりとした日程に戻りました。
きっと聖母マリア様イエス様が時間をお創り下さっていたのでしょう。
この聖歌隊での勉強は私にとっては有り難いものでした。 春にはゲストを迎えてチャリティ・コンサートを行い、多くの方に喜んでいただけたのは私にとっても大きな喜びでした。(勿論私はこれらすべてボランティアでした)
クリスマスに必ず歌われる曲は、 「きよしこの夜」でしょう。
27年前に読売新聞に連載を書いた折に「きよしこの夜」に触れました。それ以後もこの曲の編曲をしましたが やはり、いじり廻すほど虚しい思いをするのは変わりません。
やはりシンプルに、心をこめた編曲がこの曲にはふさわしい様です。
この曲はオーストリアのオーベンドルフ教会のオルガニスト、フランツ・クサヴァー・グルーバーが作曲し、同教会の副牧師ヨーゼフ・モーアがマタイ伝第二章から詩をつけ
1818年に完成されました。覚えやすい旋律、ハーモニィも主要三和音(スリーコード)と極めてシンプルな構成であることも、歌い継がれている大きな要因でしょう。
日本でのキリスト教音楽は1605年(慶長10年)長崎で典礼書、聖歌が印刷され日本初の印刷楽譜が生まれました。また西洋音楽は明治以降に日本に入ったとの記録が多い様ですが、キリスト教伝来と共に宗教音楽は日本に入っています。長崎県の生月島には「おらしょ」「さん・じゅあん様の歌」など等 聖歌が伝えられています。
未だ道なかばの私が今年のクリスマスに願うこと・・
人々から信じられること、 すべての人々に感謝すること。
この2つです。